雑感です

 昨日、子供の学校公開があり授業を見てきました。普段とは違う環境での子供を見るのは新鮮で良かったです。

 授業は道徳でした。これは私の偏見に満ちた個人的な感想です。

 私は昔から道徳の授業って好きではありませんでした😅道徳の授業って、ある事柄についてみんなで考えてみましょうってスタイルじゃないですか?みんなで考えてみましょうっていっても、ほぼ決められた答えがあるのが分かるじゃないですか?人をいじめることをどう思いますか?みたいなテーマに対しては、それは良くないことっていうしかないでしょ?そんな事をみんなで考えましょうって意味あるのかなっと思ってました😅今思うと道徳でそんな事を考えてるのは、まぁ変な子供ですよね。

 今回は、自分が保護者になって第三者的に授業を見て思ったことですが、やっぱり道徳の授業に疑問を感じました。しかし、自分が授業を受けている時とはまた違う疑問でしたが🤔

 今回の授業は子供が交通事故にあって入院した時に両親はどのような事を考えているか、子供はどのような事を思うか、という事から命について考えるという事がテーマの授業でした。私が小学生の時と同じように、両親や子供の気持ちなどをみんなで考えてみましょうってスタイルの授業でした。命について考える事は大切だと思います。しかし、あの授業スタイルで本当に命について考えるって事を子供ができるようになるのかなって思うんですよね🤔

 「考える」いわゆる考察するということはある程度の知識があって初めて意味があるというのが私の持論です。というか、知識がない中では対した考察は出来ないと思います。

 命の大切さについて考えさせたければ、まずは命についての知識について学ぶ必要があると思います。「命とはどういうものなのか」「命はどのように生まれて、どのようになくなっていくのか」という事をまずは知識として持っている事が大切なんじゃないかなっと。命って漠然と誰でもある程度こういうものかなって思っているものがあると思いますが、きちんとした知識を持つ必要がありますよね。

 考えるという事はとても大切な作業だと思います。それを小さい時から習慣づけておくということに異論はありません。しかし、考えるということを教える上で、ただ「考えなさい」という事は正しく「考える」という事を教えているのかなって思います。理系の大学生でも考察が出来ない学生がいます。それは、「考える」という作業を正しく教えてもらってないからではないでしょうか。「考える」には、まずある程度の知識を身に着け、その知識を組み合わせていく、もしくはその知識のカテゴリーの中で今までの組み合わせを組み替えていく、それらの作業をしていく中で新たな発想が生まれる事がある。これが私の中での「考える」という事です。「考える」授業で本当に考え方について教えているのかなって疑問に思っちゃうんですよね😅

 道徳は人間関係の根幹をなす大切な認識を教える授業だと思います。なので、とても重要な授業ですよね。でも、あまり楽しくないんですよね😅たぶん道徳の授業が好きだと答える子供はあまりいないんじゃないかと思い。でも、それって問題ですよね。やっぱり、あの昔から続く授業スタイルに問題があるんじゃないかなっていうのが私の今回の感想です。まぁ私が変わり者で、こんなこと考えてのは私だけかもしれませんが😅